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訃報 :: 2010/08/10(Tue)

昨日の長崎原爆忌から、何だか心がザワザワと落ち着かない。
テレビでも戦争や原爆を扱った番組が沢山やっている…

原爆が投下された後、日本中の医師・科学者・研究者等が国の指令で調査を行ったという話が、
見ていないのにつけっぱなしになっていたテレビから聞こえてきた。

そういえば、保田先生はどうしてるだろう? 
十数年程前に傘寿のお祝いのカードをいただいたから、もう相当ご高齢だよな・・・
元気でいらっしゃるだろうか?

急にそう思った私は、早速インターネットで検索した。すると…

あ!
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http://www.47news.jp/CN/201007/CN2010071201000533.html
保田幹男氏死去 名古屋大名誉教授
 保田 幹男氏(やすだ・みきお=名古屋大名誉教授、家畜解剖学)11日午前0時55分、
肺炎のため名古屋市南区の病院で死去、94歳。和歌山県出身。
2010/07/12 16:03 【共同通信】
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一足遅かった・・・ なんてこった・・・

私が名古屋大学医学部で非常勤職員(要するに幾らかの福利厚生付きのアルバイト)
として働いた数年間、保田先生には何かとお世話になりました。

生まれて初めて自分が「被爆二世」であるということを認識するきっかけとなったのが
先生と初めてお会いした時にかけられた言葉だったのです。
先生は、私を見るなり急に目を輝かせ、こう仰った。

「あなたは長崎市出身と聞きましたが・・・ご家族の方は皆さんお元気ですか?」

私は初対面に家族のことを訊かれ・・・ちょっと変わった質問が投げかけられたことににキョトンとして

「え、家族ですか?  は、はいおかげさまで・・・でも何でそんなことを聞かれるんですか ('o')?」

と、鶏の解剖学のオーソリティである保田名誉教授に向かって、私はぶっきらぼうに言った。
周囲の人は怪訝な表情をしていたのだけど、先生はニッコリ微笑んで

「私はね、原爆が落とされた直後の長崎に、調査のために行ったんですよ。
当時はまだ助手でしたから、教授のカバン持ちでね・・・
それにしても、あの焼け野原だった長崎の街には、
70年間は草木も生えないだろうって言われていたのにね・・・
こんな元気な長崎出身のお嬢さんに会えるとは思いもしませんでした・・・」


そう感慨深げに話してくれました。
それから、暫くたって私の本業がグラフィックデザインだと知った先生は
愛知県美術館の展覧会で私が興味ありそうな企画展があるたびに

「〇〇展にはもう行かれましたか? 行きますか?」


と声をかけてくれて、一緒に何度か美術館にも行きました。
保田先生は顔パスだったので、私はお供としてトコトコ付いて行ってタダで見ることが出来たんです。
ソフト帽に背広姿の矍鑠とした爺様と、
金髪ベリーショートのアナーキーなガキだった私が一緒にですよ(笑)
入り口で「では1時間後にココで」と言って、自由に一人で見て回った。
展示を見終わったら毎回お茶とケーキをご馳走になり、
戦時中の話やら、いろいろと興味深い話を聞きました。
私の母方の祖父は支那事変で母が生まれてすぐに戦死していたし、
父方の祖父とはあまり会って話す機会もなかったので
おじいちゃんと一緒に出かけたらこんな感じかな?と、
なんだか不思議な感じがしてたのが懐かしく思い出されます。
そういえば、先生の部屋のお引越しをした時には、荷物の移動を手伝ったのですが
気になる物が沢山出てきて、

「保田先生、これ要らない?^^」

と、私はインクで汚れた木の古い定規と、
素敵な装飾がされた真鍮の小さなハサミを図々しくもらいました。
2010810_1.jpg
2010810_3.jpg

「これが欲しいのかね? これはね、アメリカ兵からもらった定規だよ。
このハサミは・・・スペインで買ってきたものだね。 欲しいのかね?」

「ハイ! q(^o^)p」

「では、しょうがない。君にあげよう!」

もってけ泥棒! てな具合で半ば呆れながら「こんなのもあるぞ」「これはどうだ?」と
ほかのアンティークなものも次々に私に見せてくれましたが

「これだけ形見にもらっておきます。ありがとうございま~す。^^」

などとフザけて言ったのを思い出しました。
今でも大事に使ってる私の宝物の定規とハサミ。本当に今日、それらは先生の形見となりました。
あまり気にして見てなかったのだけど改めて見てみると、
定規の裏には先生のサインが入っていました。

肩書きなんか全く気にしない無礼で変な娘だった私に
普通のお爺ちゃんみたいに接してくれた先生
その節はありがとうございました。数々の失礼をお許しください。
保田先生のご冥福を心からお祈りします。
2010810sign.jpg
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comment

No title

自分にとっての何かきっかけがある方が、亡くなるというのは本当に、心に穴があくというか心がザワザワと揺らぎますよね。

島根の三刀屋町という永井博士の出身地では毎年9月に博士を偲ぶミサが行われています。

毎年、永井博士のご息女のカヤノさんも来られていたので私はお会いできることを楽しみに、3年前の追悼ミサに初めて参列する予定でした。

ちょうど、その頃に弟の鬱がひどくて地元の病院の精神科に入院することになりました。

そして、追悼ミサの日に弟が当時好きだった宝塚女優の追っかけに大阪の公演に行きたいと言い、私が付き添いについて行かなくては外泊許可が出ないということでした。

当時、追悼ミサに行きカヤノさんにお話しを聞きたいという気持ちがとても強かったので、追悼ミサに行けないことを泣く泣く画面しました。

「来年の追悼ミサでお会いできることを楽しみにして、永井博士のおかげで受洗の決意が固まったことを来年、カヤノさんに伝えよう」と楽しみにしていました。

しかし、翌年の2月にカヤノさんは亡くなり、お会いすることができないままになりました。


私、吉田さんが亡くなったことはショックで(お会いしたことはありませんが)私も昨日はソワソワというか、被爆者の方が亡くなっていくことに危機感を感じ、私に何ができるのかとか、いろいろなことが頭の中で混乱しました。

最後に保田先生のご冥福を私もお祈りさせていただきます。


追伸: 私の愛猫ちゃんの写真を今度メールさせて
いただきますね。

まりんちゃんに似ています!! 
  1. 2010/08/10(Tue) 15:21:39 |
  2. URL |
  3. sawaco #-
  4. [ 編集 ]

え?

そう…。保田先生亡くなってらしたんだ。名古屋時代にさんざん餌付けしていただいたのに不義理な私は、usachikoさんのこの記事で初めて知った始末です。
おしゃれで素敵な爺様でした。

教えてくれてありがとう。
  1. 2010/08/19(Thu) 13:35:38 |
  2. URL |
  3. Azumi #fYTKg7yE
  4. [ 編集 ]

Re: え?

Azumi 様
コメントありがとう。
AzumiさんとTさんと私の3人、
保田先生に毎週ランチをご馳走になってたね~懐かしいです。
  1. 2010/08/19(Thu) 18:48:19 |
  2. URL |
  3. usachiko #-
  4. [ 編集 ]

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